この遺言は無効じゃないですか②・・・(離縁した養子への遺贈)

ご相談内容

大阪在住のAさんが事務所にこられて相談を受けました。

Aさんは遺言書を持って相談に来られたのですが、その遺言書には自分の遺産をXさんに譲ると書いてありました。何の問題も無いように思えたのですが、よく事情を聴いてみますと、今回亡くなられたのはBさんで、Aさんのご主人です。

A、Bさんには子供がいなかったので老後の事が心配になり、世話をしてもらう前提でXさんと養子縁組をしました。当初は良好な養親子関係が続いていたのですが、A、Bさんが歳を取るにつれてXさんはだんだんA,Bさんの言う事を聞かなくなり、挙句の果てにはA、Bさんの財産を勝手に処分したり、使い込むようになってしまったそうです。 そこで、A、BさんはXさんと離縁したそうですが、遺言をしていた事をすかっり忘れてしまっていたそうです。

今回Bさんが亡くなられて、Aさんが相続手続を進めるうちに、Xさんがやって来てBさんの財産は全てXさんのものだと主張されたそうです。

Aさんとしては、当初はそのように全財産をXさんに譲ろうと思っていたが、A、BさんとXさんの間柄がこじれて離縁までしているのでこの遺言は無効だということで、事務所に相談に来られたのでした。

  1. Aさんは何を根拠にこの遺言は無効だと主張しているのでしょうか?
    Aさんの話では、間柄がこじれて離縁までしている。遺言をした事を忘れていただけで、覚えていたら必ずこの遺言を取り消していた。つまり、遺言の取り消しの手続きこそしていませんが、事実上遺言は離縁した時に取り消されたも同然ですとの主張です。
  2. 一度した遺言を取り消す事はできるのですか?
    一度遺言をしても、A、Bさんのように事情が変わったり、気が変わったりすることが大いにありますので、いつでも、何回でも取り消したり、新たな遺言をする事ができます。ただし、遺言は要式行為ですので、取り消しにも一定の要式が必要です。

    (遺言の撤回)
    第1022条 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。

    (前の遺言と後の遺言との抵触等)
    第1023条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
     前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。

  3. 遺言をして、その遺言を撤回した場合、その撤回した遺言を撤回した場合には、一番最初の遺言は復活するのですか?
    一番最初の遺言は原則として復活しません。

    一度された遺言(甲遺言) が後の遺言(乙遺言)で撤回されたときは、乙遺言が後の別の遺言(丙遺言)で撤回されたときや、乙遺言の効力が生じなくなったとき(受遺者が先に死亡した場合等) でも、 甲遺言は原則として復活することはありません。

    遺言者が甲遺言を復活させる意思を持っていたかどうかを遺言者死亡後に確認することができないからです。もし、遺言者が甲遺言を復活させたいのであれば、甲遺言と同一内容の遺言を改めて作成することができます。

    ただし遺言者が遺言を撤回する遺言を更に別の遺言をもって撤回した場合において,遺言者の意思が当初の遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは、当初の遺言の効力が復活します。

    (撤回された遺言の効力)
    第1025条 前3条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。

  4. A、Bさんの場合、遺言の取り消しや撤回をしていないので、やはり遺言は効力を生じるのでしょうか?
    遺言の取り消しや撤回は確かに要式行為ですが、今回のような場合にはそのまま法律の条文通りに判断すればA、Bさんに酷な結果となってしまいます。そこで、遺言の撤回または取り消しの擬制という問題が生じます。
    判例を紹介しておきます。

    (最判昭56年11月13日)
    民法1023条の法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないから、同条2項にいう抵触とは、単に、後の生前処分を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となるような場合のみにとどまらず、諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも包含するものと解するのが相当である。そして,前記の事実関係によれば協議離縁は前に本件遺言によりされた遺贈と両立せしめない趣旨のもとにされたものというべきであり、したがって、本件遺贈は後の協議離縁と抵触するものとして前示民法の規定により取り消されたものとみなさざるをえない筋合いである。

総括

遺言は要式行為です。遺言の一番難しいところは当然ですが遺言が効力を生じる時には遺言者は死亡しており、内容の確認ができないところににあります。故に厳格な要式を求められます。

遺言をする時も、遺言を撤回ないし取り消す時も同様に厳格な要式が求められます。今回のA、Bさんも遺言を行う時、離縁する時、専門家に相談していれば何の問題も無く、後で争う事も無かったものと思われます。

自筆証書遺言は手軽にすることができますが、やはり一度は専門家に相談してから行う事をおすすめします。