遺言の方式に関する基礎知識

(1) 遺言の方式

遺言は、民法に定める方式に従ってのみすることができます。
遺言の方式には、普通方式と特別方式があります。

普通方式の遺言としては、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。

特別方式の遺言としては、死亡が危急に迫っている場合や一般社会と隔絶した場所にいるため、普通方式による遺言ができない場合に限りすることができます。

遺言の方式の概略図

①自筆証書遺言

自筆証書遺言は、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することによって成立します。

(a)自書

自筆証書遺言は、遺言者自らが書かなければなりません。
他人に代書させたり、遺言者の口述した内容を他人が筆記したものは、無効です。また、タイプライターやワープロで打ったりテープに吹き込んだものも無効です。
自書と言えるためには、遺言者が自書能力、すなわち文字を知りかつ筆記する能力を有している必要があります。

(b)全文の自書

全文とは、遺言者の実質的内容である遺言事項を記載した部分であり、本文のことです。他人が書いた場合は無効です。

(c)日付の自書

遺言者は、遺言書作成の日付を自書しなければなりません。
日付の記載は、遺言者が遺言書作成時に遺言能力を有していたかどうかを判断するためと、二つ以上の遺言がある場合にその先後を決めるために必要です。
日付は、年月日が特定されるものであれば、記載方法に特に制限はありません。西暦でも年号でも構いません。
日付の記載はあるものの、真実の遺言作成日と一致していない場合は、原則として無効と考えられています。
日付記載の書面上の場所については特に制限はありませんが、日付が遺言書を封入した封筒に記載されている場合のように、日付が本文と同一の書面になされていない場合には、封筒と遺言書とが一体性を有するか否かで判断することになるでしょう。

(d)氏名の自書

氏名は、戸籍上の氏名と同一である必要はなく、通称、雅号、ペンネーム、芸名などであっても、遺言者と同一性、遺言者を特定できるのであれば有効です。
また、氏と名ともに記載されるのが通常ですが、どちらかだけでも遺言者を特定できる場合には有効です。

(e)押印

押印のない遺言書は無効です。ただし押印は実印による必要はなく、認印でも構いません。
遺言書が複数枚に渡る場合には、割印があることが望ましいです。

(f)加除その他の変更

遺言書に加除その他の変更を加えたときは、遺言者がその場所を指示し、 変更した旨を付記してこれに署名し、さらにその変更の場所に押印しなければなりません。

(g)自筆証書遺言のメリット・デメリット

自筆証書遺言は、文字の書ける人であれば誰でも作成でき、費用もかから ず、しかも作成の事実を誰にも知られないなどのメリットがあります。
しかし、方式不備で無効とされる可能性が高く、その内容の真意が争われる可能性も高いといえます。また、遺言書が偽造、変造、紛失、滅失のおそれがあるというデメリットがあります。

②公正証書遺言

公正証書による遺言は、証人二名以上の立会いがあること、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること、公証人がその遺言者が口述した内容を筆記して遺言者及び証人に読み聞かせること、遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名、押印すること、公証人が適式な手続に従って作成されたものである旨を付記して証書に署名、押印することによって作成します。

(a)証人の立会

2名以上の証人の立会が必要であり、証人は遺言の作成手続の最初から最 後まで立ち会っている必要があります。ただし、次の者は、証人とはなることができません。
ア)未成年者
未成年者は証人や立会人となることができません。

イ)推定相続人・受遺者及びその配偶者並びに直系血族
これらの者は遺言に利害関係を持つことから証人の欠格者とされています。
ウ)公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
遺言と直接の利害関係を持ちませんが、遺言内容の秘密を知る機会を持ち、かつ公証人の親族上又は職務上の影響の範囲内にあることから、証人の欠格者とされています。

(b)遺言の趣旨の口授

遺言者は遺言の趣旨を公証人に口授しなければなりません。
遺言の趣旨とは、遺言の内容の一字一句でなく、遺言の概要のことをいい ます。口授とは、口頭で述べることをいいます。
口授に用いる言語は外国語でも構いませんが 公正証書遺言は日本語で作成されますので、たとえ公証人が外国語を理解できる場合であったとしても、外国語による口授の場合には通訳を立ち会わせる必要があります。
口がきけない者が公正証書遺言をする場合には、公証人及び証人の前で遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書することで口授に代えることができます。

(c)口述内容の筆記

公証実務上、遺言者が公証役場で話す内容をその場で公証人が筆記するという方法で遺言が作成されることはほとんどなく、予め原稿で遺言内容を証書に作っておき、遺言者にその要領を言わせて確かめる方法で作成されています。

(d)遺言者及び証人の署名、押印

遺言者及び証人は、筆記の正確なことを承認した後、署名押印しなければ なりません。
公証実務上、遺言者については本人確認のために、印鑑証明書の提出が必 要であり、実印で押印する必要があります。証人は実印で押印する必要はありません。
遺言者が署名することができないときは、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができます。

(e)公正証書遺言のメリット

公正証書遺言は、遺言書の原本が公証人役場に保存され、紛失、滅失などのおそれがありません。また、専門家が関与するため、遺言者の意思を正確に実現することができ、また方式の違反によって遺言が無効とされる可能性も低いといえます。

③秘密証書遺言

秘密証書遺言は、遺言者がその証書に署名押印すること、遺言者がその証書を封じ、証書に用いた印章でこれに封印すること、遺言者が公証人1人及び証人2人以上の面前で封書を提出して、それが自己の遺言書である旨並びに氏名及び住所を申述すること、公証人がその証書の提出された日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともに署名押印することにより作成します。

(a)遺言者の署名押印

遺言者が遺言証書に署名、押印することが必要とされているのは、遺言者 が誰であるかを明らかにするためです。
署名は遺言者自らする必要があります。
押印は、実印である必要はなく、認印であってもかまいません。
秘密証書遺言については、遺言者の署名押印以外に遺言書の作成手続について規定がないため、自書されたものである必要はなく、他人の書いたものやワープロ、タイプライター等の機械を用いて作成した遺言書であってもかまいません。

(b)遺言書の封入・封印

遺言書の封入は遺言者自らが行うべきです。
封印には証書に用いた印章を使用しなければならず、異なる印章の場合は秘密証書遺言として無効となります。

(c)封書の提出・申述

遺言者は、公証人1人及び証人2人以上の面前に封書を提出して、それが 自己の遺言書である旨並びに氏名及び住所を申述しなければなりません。
公証人及び証人は、遺言の内容を確認することまでは要求されていないため、公証人は、署名が遺言者自身によるものか否か等、要式の不備をチェックすることもできませんし、受遺者が証人となっている場合のように、証人の欠格事由をチェックすることもできないという問題があります。

(d)公証人の記載と公証人・遺言者・証人の署名・押印

遺言者の署名は必ず遺言者自身でしなければなりません。
公正証書遺言の場合のように、公証人がその事由を付記して署名に代えることは許されません。

(e)証人の資格

秘密証書遺言においては、証人が2人以上必要です。
公正証書遺言と同様に資格制限があり、未成年者、推定相続人、受遺者及びその配偶者並びに直系血族、公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人は、証人にはなれません。

(f)秘密証書遺言のメリット・デメリット

秘密証書遺言は、遺言書の存在を明らかにしながら、内容を秘密にしてお けるというメリットがあります。
一方、手続が面倒である割には遺言の効力が争いになるおそれがあり、また、遺言書が公証人役場に保存されませんので、紛失、滅失等の危険があるというデメリットがあります。

④危急時の遺言

危急時遺言は、遺言者に死亡の危険が迫って自ら遺言書を自署したり署名押印ができない場合に許される例外的な遺言です。
一般危急時遺言 (一般臨終遺言、死亡危急者遺言) と難船危急時遺言 (難船臨終遺言、船舶遭難者遺言) の2種類があります。

(a)一般危急時遺言

疫病その他の事由によって、死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人3人以上の立会があること、その1人に遺言の趣旨を口授すること、口授を受けた者がこれを筆記し、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させること、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、署名、押印すること、遺言の日から20日以内に証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所にその確認の請求をすること、確認の請求を受けた家庭裁判所が遺言者の真意で遺言をしたとの心証を得て確認すること、という要件のもと遺言の作成が認められます 。

(b)難船危急時遺言

難船危急時遺言は、船舶遭難の際、在船者で死亡の危急に迫っている者に 許されるもので、危急時遺言より一層簡略な方式が認められています。
証人2人以上の立会を得て、遺言者が口頭で遺言をし、証人が遺言の趣旨を筆記し、これに署名・押印することでなされ、筆記が遺言者の面前ないしその場でなされることも、筆記を遺言者及び証人に読み聞かせることも必要ではありません。 また、家庭裁判所による確認は、証人の1人又は利害関係人から遅滞なく請求すれば足ります。

⑤隔絶地遺言

隔絶地遺言とは、危急時遺言のように死亡の危急が迫っているとの事情はないが、一般社会と遮断された者がなす遺言です。
伝染病のために隔離された地域にある場合に行われる伝染病隔離者遺言と船舶という隔離された場所にある場合に行われる在船者遺言と2種類があります。

伝染病隔離者遺言に関する民法977条は 「伝染病のため」 とありますが、伝染病に限らず、一般社会と事実上又は法律上自由になし得ない場所にある場合すべてを含むと解されています。例えば、刑務所内にある者、戦闘・暴動・災害などのような事実上の交通途絶地にある者なども含まれます。
そのため、伝染病隔離者遺言は一般隔絶地遺言とも呼ばれます。

伝染病隔離者遺言 (一般隔絶地遺言) は、警察官1人及び証人1人の立会をもってなすことができ、在船者遺言は、船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会をもってなすことができます。

(2) 遺言の撤回

①遺言の撤回とは

遺言者は何時でも遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます。
遺言は、人の最終意思に法的効果を認めようとするものです。現実には、死亡の瞬間において意思表示をすることは不可能であるため、生前に遺言者があらかじめ遺言という形で意思表示をし、遺言者が死亡した場合にはその内容を遺言者の最終意思と認めることになります。

しかし、遺言の作成と遺言者の死亡との間には時間的間隔があることが多く、遺言者は、生前はいつでもその遺言で行った意思を変更して遺言を撤回することができます。
遺言者は、遺言の撤回権を放棄することはできません。

②みなし撤回

前の遺言と後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます。
また、遺言者が故意に遺言書を破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされます。