相続財産の基礎知識

1.相続の対象となる財産

(1) 生命保険金の相続

1. 生命保険金

生命保険金は、被保険者の死亡を契機として、保険金の受取人が具体的な保険金請求権を取得するというものです。

2. 保険金受取人として特定人を指定した場合

この場合には、保険契約は民法上の第三者のためにする契約考えられ、保険金受取人はその自己固有の権利として保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、被保険者の死亡によって保険金受取人が取得する権利ですから、相続財産には含まれません。

3. 保険金受取人を「相続人」と指定した場合

相続人が自己固有の保険金請求権を取得したものとして、相続財産には含まれないと考えられています。

4. 保険金受取人を指定しなかった場合

保険約款では通常「被保険者の相続人に支払います」との条項が規定されており、前記と同様の結論になると思われます。

(2) 死亡退職金の相続

1.死亡退職金

死亡退職金とは、公務員や私企業等の従業員が在職中に死亡した際に支払われる退職金です。

2. 受給権者が法律、条例、内規等で規定されている場合

死亡退職金に関する支給規定が存在し、受給権者が特定されている場合には、 死亡退職金は、その規定により支給権者が固有に取得する権利であると解釈されています。
よって相続財産には含まれません。

3. 受給権者が規定されていない場合

このような場合の死亡退職金の相続財産性については、相続財産となるとする肯定説と相続財産にならないとする否定説があり、確立された裁判例も存在しません。

(3) 賃借権の相続

1. 賃借権

賃借権とは、一定の対価(賃料)を支払うことと引き換えに、目的物の使用、収益を行う権利のことをいいます。
建物所有目的で土地を賃借する場合の借地権、建物を賃借する場合の借家権は、借地借家法で特別な保護がされています。

2. 賃借権の相続性

賃借権は、 それ自体に目的物の使用収益権という財産的価値があり、 また被相続人の一身専属権でもないため、相続の対象となります。

3. 賃料債務の帰属

相続人が複数人存在する場合、賃料債務はその相続分に応じて分割され相続するかという問題が生じます。
共同賃借人の賃料支払債務は金銭債務ではあるものの、一個の目的物の使用の対価であるため、契約上の不可分債務とされています。
したがって、相続人が数名いる場合でも、 賃貸人は各相続人に対して、 賃料の全額の請求をすることができます。

(4) 使用借権の相続

1. 使用貸借契約

使用借権とは、目的物を無償で使用、収益できる権利です。
貸主、借主間で使用貸借契約が成立すると、借主は契約ないし目的物の用法に従って無償で使用収益を行い、通常の必要費を負担することになります。
使用期間については、契約ないし使用貸借契約の目的に従って決せられますが、それらの定めがない場合は、貸主はいつでも返還請求ができます。

2. 使用借権の相続性

使用貸借は借主の死亡によってその効力を失うと法律上規定されているため、使用借権は、相続の対象とはなりません。
使用借権は、貸主、借主間の個人的な人間関係、信頼関係に基づく権利であるため、借主の一身専属権としてとらえるべきといえるからです。
個人的な人間関係、信頼関係が、借主の相続人にも承継されるような場合には、使用借権が相続の対象となる、あるいは、貸主と借主との相続人との間で、新たな使用貸借契約が発生すると解釈される場合があります。

(5) 損害賠償請求権の相続

1. 損害賠償請求権

不法行為や債務不履行等があった場合、加害者や債務者に対して、損害賠償請求権が発生します。
損害賠償請求権は、財産的損害であるか精神的損害であるかを問わず、金銭債権であり、相続の対象となります。

2. 生命侵害の損害賠償請求権の相続

犯罪や交通事故等で被害者が死亡した場合、被害者は死亡の時点で権利能力(法律上の権利義務の主体となる能力)を失うため、そもそも被害者自身が損害賠償請求権を取得せず、相続の対象となる損害賠償請求権が存在しないのではないかという議論が存在します。
しかし、被害者が重症であった場合との均衡を著しく失することから、たとえ即死の場合であっても、被害者自身が取得する損害賠償請求権が発生し、これを相続の対象にするとされています。

3. 慰謝料請求権の相続

慰謝料請求権は、被害者個人の心情に基づく損害賠償請求権であるため、一身専属権として相続の対象にならないのではないかという問題が生じます。
しかし、慰謝料請求権も金銭債権であることにかわりはなく、相続の対象になると解釈されています。

(6) 遺族年金

1. 遺族年金の相続

遺族年金とは、厚生年金や共済組合等の加入者が死亡し、かつ個々の支給要件を満たす場合に、その遺族に対して給付される金銭のことをいいます。

2. 遺族年金の相続財産性

遺族年金はその受給権者や支給規定が法律で個別に定められており、また遺族の生活保障という趣旨で給付される金銭であるため、受給権者固有の権利であると解釈されています。

(7) 祭祀財産の相続

1. 祭祀財産

祭祀財産とは、 系譜、祭具、墳墓等をいいます。
系譜とは始祖から代々の家系を書いた家系図のことです。祭具とは位牌、仏壇のことであり、 墳墓とは墓石、墓地のことをいいます。
祭祀財産は、その特殊性から相続財産とは別個のものとして、独自の承継方法が規定されています。

2. 祭祀財産の承継方法

祭祀財産は、一般の相続財産と異なり、相続人による共有という承継方法ではなく、「祖先の祭祀を主宰すべき者」への単独承継が規定されています。
「祖先の祭祀を主宰すべき者」の決定は次の順番によります。
① 被相続人が指定した者があれば、 その者が祖先の祭祀を主宰すべき者
② 指定がないときは慣習に従い承継する者を決める。
③ 慣習が不明なときは家庭裁判所が承継する者を決める。

(8) 香典の相続

1. 香典

香典とは、葬儀等の際に、死者の霊前に供えるために交付される金品をいい、社会的儀礼として慣習化しているものです。
香典は、死者の供養、遺族への見舞いや葬儀費用の負担の軽減、など様々な趣旨で交付されるものですが、法律的には、遺族の代表者(喪主)に対する贈与として解釈されています。
よって、香典は相続財産に含まれず、遺産分割の対象とはなりません。
喪主は、香典返し、葬儀費用や祭祀費用への充当等、香典の趣旨に従ってその使途を決めます。

(9) 債務の相続

1. 積極財産との違い

相続財産には、積極財産(プラスの財産)と消極財産(マイナスの財産)が存在します。
積極財産を相続人間でどのように分けるのかは、その相続人間の合意によってどのように分配してもかまいませんが、消極財産の場合には、債務の弁済を受ける債権者が存在しますので、債権者の意見も確認しなければなりません。
債権者から見た場合、資力の少ない相続人が債務を全部承継すると不都合が生じるため、債務の相続に関しては、積極財産と異なった取扱いが必要になります。

2. 可分債務

金銭債務のような可分債務は、 相続が発生すると法律上当然に分割され、 各相続人がその相続分に応じてこれを承継します。 債権者は各相続人に対して相続分に応じた分割額を請求することになります。
特定の相続人にのみ債務を承継させたいときには、相続人全員の合意に加えて、債権者の個別の同意が必要となります。この場合、その相続人が、免責的債務引受を行ったということになります。

3. 不可分債務の共同相続

不可分債務とは、複数の債務者が不可分、同一の履行義務全部を負う債務のことです。
不動産の引渡し、明渡し義務や所有権移転登記義務、賃貸物を使用収益させる義務等はその性質上の不可分債務とされています。
また、共同賃借人の賃料支払債務は金銭債務ではあるものの、1個の賃借物の使用の対価なので、不可分債務とされています。
このような不可分債務の場合、相続人が複数存在する場合でも、 債権者は各相続人に対して、 その全部について履行を請求することができます。

(10) 連帯債務の相続

1. 連帯債務

連帯債務とは、複数の債務者が、同一内容の債務について各人独立に全部の返済をなすべき義務を負い、一人の返済があれば、それによって他の債務者は債務を免れることになるというものです。
連帯債務者BCDが債権者Aに対して100万円の連帯債務を負うという場合、AはBCDいずれにも100万円全額を請求でき、BCDのいずれかが100万円を支払えば、他の者もAとの関係で債務を免れるというものです。
その後、連帯債務者相互間では、各人の負担割合に応じた求償がなされます。つまりBが100万円支払ったのであれば、C及びDに負担部分を請求することができることになります。
被相続人が第三者と共に連帯して債務を負っていた場合、相続発生後の連帯関係や各相続人の具体的負担額についてどのように決するのかが問題となります。

2. 連帯債務の相続

連帯債務の場合も通常債務と同様に、各相続人がその相続分に応じて分割された額について、 それぞれ第三者と共に連帯債務を負担することになります。
例えば、被相続人AがBとともに200万円の連帯債務を負担していて、Aが死亡し、妻Cと子供DEが相続した場合を考えてみます。
妻の相続分は2分の1、子の相続分は各人4分の1(法定相続分)ですので、それぞれの割合に応じて分割された金額の範囲で本来の連帯債務者とともに連帯債務を負担します。
つまり、債権者に対して、Cは100万円、DEは各50万円の連帯債務を負うことになります。

(11) 保証債務の相続

1. 保証債務

保証債務とは、本来の債務者(主債務者)が債務を弁済しない場合に、第三者(保証人)が債権者に対して弁済を行う債務のことです。
保証人が保証債務を履行した後は、その履行した分を主債務者に対して求償することになります。

2. 保証債務の相続

保証債務は、通常の債務と同様に、各相続人の相続分に応じて相続されるのが原則です。被相続人が借金の保証人となっていた場合、賃貸借契約の保証人となっていたような場合などがこれにあたります。
もっとも、以下のように、個人的な信頼関係に基づいていたり、内容が不確定で相続人にとって過大な負担となる保証債務については相続性が否定されます。

(1)身元保証

身元保証とは、就労に際して負担する一切の債務を保証することをいいます。
相続開始時に現実化していた保証債務については相続の対象となりますが、身元保証債務そのものは相続されません。

(2)信用保証

信用保証とは、将来債務のうち、売買取引や銀行取引など継続的な取引の過程で増減することが予定されている不特定の債務に対する保証をいいます。
限度額および期間の定めのない信用保証は、相続されないと解釈されています。
なお、相続開始時に現実化していた分の保証債務については、相続の対象となりますので注意が必要です。